アレン・ギンズバーグ追悼

Allen Ginsberg Memorial

こういう聖堂の前でみんな話をしたりオレンジを食べたり、歌を歌ったりしていた。聖堂というのはカトリックで使う言葉なのだけれど、実際はギンズバ−グ自身がユダヤ系なのでカトリックやプロテスタントの聖堂とはちょっと違ったものだった。ユダヤ教の聖堂にあたるものかもしれない。その辺は調べていないので不正確ですいません。

日本人かなと思って声をかけたら、アル・ロブレスという詩人だった。なんと驚いたことに桜井孝身(たしかこういう漢字だった思う。知っている人がいたら教えてください)と一緒に60年代サンフランシスコで共同生活をしていたという。ほかに、禅マスターのアサイ・ギンセンという人がいて、二人とも自分の部屋に住んでいたというではないか。これには驚いた。たしか桜井孝身というと0次元とかいうパフォーマンス・グループを60年代日本でやっていた人で、イナバの白ウサギというパフォーマンスはずいぶん知られていたと思う。九州派と呼ばれるアート系のグループの代表的存在だった。当時の美術手帳かなんかの知識を思い出して書いているので間違えていたらごめんなさい。ガリバー(安土修三)あたりはまだ、現役で活動しているのを見たことがあるのでわかるのだが、桜井孝身については有名だったことしか覚えていない。

第一部の最後に壇上近くに残ったスピーカーたち。左がゲーリー・スナイダ−、話の相手はエドワードという名前の人だったと思う。後から知り合いになったのだが、書いてる今思い出せない。メールをくれるといっていた。ぼくとアルの写真を撮ってくれた。

ほかのスピーカーと友人たち。2枚紹介しておきます。

最後にアルとエドワードの写真。エドワードはさっきゲーリーと話をしていた人物。ぼくと3人で仲よくやっているとデジカメに人が集まって、いろんな人から声をかけられてしまった。みんなやさしい人たちでした。

Back to Dream!