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3月25日
ぼくはインターネットの一般利用が日本で行われてから、モザイク、ネットスケープと、
ずっとネスケと呼ばれるもののユーザーだったのだが、最近インターネット・エクスプローラ
ーつーのもインストールしてみた。そうするとなんと、この17インチ画面では、ちょっと読
みづらいぐらいの、この文字が、でかいのである。これには驚いた。それだけではない、今ま
で、なんでこんな小さな字を使って、読みづらくしてあるのだろう、と思っていたページがな
ぜ、小さな文字でできているのかをようやく理解したのである。これは両方使ってる人でない
とわからないと思うが、えらい、違いまっせ。ほんまに。ネスケで見て、デザインのずさんな
ページだなというページをエクスプローラーで見るときれいなページになっていたりするので
驚きまっせ。そこんとこも。で、自分のページなのだが、エクスプローラーで見ると、やたら
大きな文字でできているページで、これは本当にていさいというものがとれない。で、この文
章を読んでいる人も大きな文字で読んでいると思う。困ったものだね、ネスケでは小さな文字
なのに。昨日のブリジストンの腹切りおじさんと不明ボード事件はおかしかった。不況と有事
が一緒にやってきた日だった。両方とも国家的陰謀だったりして。20年後に資料が発表され
ちゃうとか。ま、いいか。今日のリンクは木徳にうちにリンクをしてくれたページです。
ここね。じゃ。
3月24日
連休にベン・ハーという映画を深夜見ていた。この手の映画は小学校時代に、よく再
上映されていた。クレオパトラから始まって、スパルタカス、十戒などなど、欧米の
の時代劇の一つである。もう一つの時代劇に西部劇があって、そっちもマカロニ・ウ
エスタンとかいって、やたらに人気があった。
で、思うのは日曜日のNHKの時代劇シリーズ、今、赤穂浪士とかやってるやつであ
る。なんで今の時代に赤穂浪士なんだろう、企業のリストラされた人たちの共感でも
ねらっているのだろうけれど。どうせなら、
明治以後の日本の歴史を描いた方がよっぽど、社会的な面でも、
政治的な面でも、文化的な面でも、教育的な面で国民放送らしいプラスがあると思
うんだけれどね。10年以上思ってるけれど、今なお時代劇。
NHKにも友人がいるんで、一度いってみたいと思うけれども、そこまでは思ってない
んで、口にしたことはない。
で、アメリカでは60年代のニュー・シネマ以後はなぜか、ベン・ハーものや西部劇は衰え
ていった。王様のいる封建社会を描いたって人気はないつーことになったとい
う気がする。日本も、さすがに映画では時代劇は少ない。ところがテレビには生き残
っているわけなのだ。NHKは近現代を描くだけの力ってないのかね。
いちいちぶつかりあうような問題があるからかなのかな。
ベン・ハーとかクレオパトラをひきずってる日本て、あまりおもしろくない。
どこかバカな気がして仕方がない。
平民バンザイでありました。
3月23日
CDと写真をベース奏者、今沢カゲロウさんからもらってしまった。
で、それだけではない、写真がついてきている。
それも裏側に手書きのサインとナンバー付きだ。つ
まり、オリジナル・プリントか、なんかで、一枚、一枚にナンバーとサインがついているのだ。
やるといわれてもらったものじゃない。くれといってもらったものでもない。
今沢さんはぼくが、バーニング・マン・オフィスに郵送するものとして送ってきたのだ。
しかし、郵便局は遠いやろ、アメリカまでの郵便代は、ワシ持ちやろ、
そんなのあらへんやないか、つーことで、今沢さんに電話をしてみると、
それなら自分で郵送するという話となって、
ワシとこにあまったCDと写真はワシが持ってて、かまへんということになった。
で、もらってしまったのだ。ワシの無精と文無しがこうじてそうなったわけだが、
この今沢カゲロウさんというのは、ラブ・パレードで毎年150万人を相手にしている
ベース・プレイヤーなのだ。はたして、ワシは正しかったのだろうか。
つつ、つまりそれぐらいおごったったらええやろ、という気もするのである。
世界一の兄ちゃんやで、そんなせこいこと、いわんと、おごったれよ、ほんまにと、
我が身に響く瞬間であった。
ちなみに東京公演が4月3日江古田BUDY(03-3953-1152)であるという。
こっちの方も金がないのを理由に無料である。
3月19日(土日祝日はお休みです)
犬も歩けば棒にあたるということわざがあるが、よく意味を知らずにいる。
つまり、犬が外出するとうかつにも、電信柱のような棒に当たるのか、
でなければ、大好きな骨のようなものを見つけて、食べられるのか、
などと、いろいろ思ってきた。
犬棒カルタというようものもあるのに、恥である。
で、今日ことわざ辞典でちょっと調べてみると、
犬が歩くと棒でぶたれることもあるとか、逆に思わず幸運を手にするとか、
両方の意味で使われるようだ。幸、不幸どちらかが来るというわけだ。
ここで、ふと人生というのもそんなものさ、などといってみたくなるが、
お金くれの方がよっぽどリアルである。
しかし、最近、わかるのはジイ様が人生を語り、兄ちゃんが笑う
という対立構造の中で
ジイ様の感覚もわかるようになってきいることである。
問題だろうか。
ジイ様のセリフというのは時代遅れが多い。
なので、過去に書かれたなにものも信ずるなみたいな格言が
自分からでてくる。兄ちゃんとジイちゃんの垣根を超えた境地だ。
ああ、春の宵。
3月18日
イチゴ・シュー大福を食べた。
冷蔵庫を開けると大きな大福餅があったので、とりあえずガブリといったら、
なんと中にはイチゴが入っている。それはまあ、いい。
外見から中央上面には赤いマークがあったので、
それがイチゴだとわかったことに悔いはない。
だが、次に当然、予想していたあんこが来ない。
あんこの代わりに口の中に広がったのは、なんとホワイト・生クリーム。
これで冷蔵庫にしまってあったわけというのがわかったわけである。
で、次に来るのが餅の歯ざわりと餅の味。
生まれて初めて白い生クリームと餅とイチゴが同居した口の中であった。
はっきりいって、それなりにうまかった。
和菓子におけるたゆまざる革新というのを鎌倉に遊びに行ったりするとよく思うが、
はっきりいって革新的だったぜ。
イチゴ・シュー大福君。負けたね。
3月17日
昨日、ローラ・ニーロについて書いたが、ぼくもニューヨークで3週間ほど暮らしていたことがある。
マンハッタンのど真ん中のキッチン付きの安ホテルだった。
1982年の話だ。当時のとってもいい子だったガール・フレンドとリッツに行き、ダンステリアに行った。
まだ・バロウズの朗読が行われていなかった頃だ。
ニコを見てトッド・ラングレンのバンド、ユートピアを見た。
ニコは映画や本でいろいろ書かれているが、気高く、存在感の大きな女性だった。
ぼくたちはグリニッジ・ビレッジに行き、安ホテル住まいから、
誰かがサックスを吹き始めると別の階に住む誰かが怒って抗議の怒鳴り声をあげるという
庶民的な生活感のある時空間をすごした。
CBGBの前を通り過ぎ、シド・ビシャスが死んだ(だったと思うのだが)チェルシー・ホテルを横目で見て歩いて
、ヨーコ・オノの住むダコタ・アパートを見物に行った。
今思うと、チェルシー・ホテルに泊まって帰ってくればよかったと思うのだが、どう思います。 <
3月16日
最近音楽を聴かなくなった。もともと60年代からのロック・ファンで
小学校時代からビートルズが聞こえてくると思わず踊ってしまっていたという
人間だが、最近、めっきり音楽を聴かなくなった。
モンキーズなどテレビで始まると一緒になって歌っていたのだが。
タートルズはいまだに好きでハッピー・トゥギャーザーはフェイバリット・ソングだ。
で、もう音楽は聴かないというような年齢に達しても、まだ、好きでいるグループもある。
ぼくの場合、ローラ・ニーロとラビン・スプーンフルとバーズがそうだ。
と、こうあげていく、CSN&Yとか、またキリがなくなっていくが仕方がない。
80年代はNo New Yorkでしょうとか、トーキング・ヘッズの初来日のときのTake Me To The Riverが
どうのこうのいってるうちに、アンダーワールドがどうこういという、話にもなりそうだ。
あっ、やっぱりケミカル・ブラザースとU2は好きだということにもしておきたい。
それと、ジェリー・ガルシアが生きていたときはグレイトフル・デッドのファンでもあった。
ブルース・バンドもやってたし。カーティス・メイフィールドも好きだったなあ。
で、キリのない話となったが、ローラ・ニーロの60年代のアルバム
「イーライと13番目の懺悔」と「ニューヨーク・テンダベリー」
だけは聴いてみましょう。聴いたら感想くれ。すっげー好きなんだ。
3月15日
日曜日にグレムリン2という映画をやっていた。グレムリンという小さな怪獣が
たくさん増えてとことん悪いことをする映画なのだが、娼婦にできていたり、
テレビ・コメンテーターにできていたり、ラテン音楽で踊る者がいたり、労務者にできていたり、
いろんな人間に模してあるのだ。
グレムリンのつくる世界は、さながら外人観光客が近づいてはいけない多国籍化した
新宿(ぼくはこの街で育ったのだが)歌舞伎町みたいになっていくわけなのである。
そのグレムリンのテレビ・コメンテーターが、スーザン・ソンタグの名前を使って市民権を
テレビ・カメラに向かって主張するのだが、これがおかしかった。スーザン・ソンタグといえば、
ニューヨークのヒップな哲学者のおばさんだが、「ウィリアム・バロウズと夕食を」
だったと思うがバロウズの本にも登場する人である。
日本語では見てなかっのだが、英語では、グレムリンがシビライゼーションとかいっちゃって
おかしかった次第である。しかし、スーザン・ソンタグの名は懐かしかった。
キャンプとか隠喩としての病とかいってた人である。
関係はないが、もう一人のニューヨークのおばさんキャシー・アッカーはガンで死んでしまった。
メキシコでヒーリングをしていたという噂だが、ぼくはグレムリンじゃあるまいし、
きちんと病院入っていたら、治っていたのではないかと思うのである。
つくづく考えさせるグレムリンであった。
3月13日(土日はお休みです)
今日は数年ぶりに80年代初期の友人、イラストレーターのスージー・甘金と会うことになっている。
このページのギャラリーXとイラストと大半のロゴをつくっている志保美匠一も一緒だ。
ぼくたちは実はニューウェーブだった。「お父ちゃん、ニューウェーブっなに」と乙子が聞いてくる。
イタイケな6歳の子供である。髪はモヒカンのブルー、鼻と耳にはピアスが入り聞くと
渋谷のカルトショップのオヤジ間宮君のところでしたものらしい。困ったものだ。そんなファッションに
身を包む自分のことがわからないのだ。「おっさんアホかを知っているか」と聞いてみる。
当時流行った間寛平のギャグだ。知る由もない。年月とは行くばかりなりき。しみじみとした
1999年の3月であった。
3月12日
お父ちゃんと呼ばれた俺は、30年前、新宿東口の広場、通称グリーン・ハウスに集まるフーテンだった。
この年をすぎてもいまだにフリーターだ。「お父ちゃん、ヒッピーってなあに」イタイケな今年16歳になる
乙子が話しかけてくる。いやいけない、いくらフリー・セックスだといっても乙子は俺の子供だ誘ってしまえば
罪になる。乙子もフリーターだ。親子二世代続くこの稼業に終止符はない。「お母ちゃん、フーテンてなあに」
乙子が育子に聞いている。育子はレンタルの店員だ。この稼業にキリはない。「フーテンというのは、ジャズを聴いて
詩を読むのよ」。グッとくるセリフだ。俺はいまだにドン・チェリーが好きだ。「育子、愛しているよ」、
「あら、いやだ、お父ちゃん」。この関係には罪がない。夫婦同士なのだから。ここで困った問題が
持ち上がりました。それでは、乙子と育子がフリーセックスにおよんだ場合、どう考えるべきなのでしょうか。
ま、それはいい、とりあえず30年前の日本のフーテンとヒッピーと永島慎二と阿部薫とガリバー、シーザーなどに
興味があったら、電脳風月堂でお茶でも飲みましょう。じゃあね。