フリンジ・カルチャー!
無責任のクレージーキャッツがイケイケのサラリーマンだとしたら、旅するフ−テンはイタイケなヒッピーのようなものだった。60年代のスティーブ・ジョブスのようなヒッピーたちは愛と平和という関西漫才師、平和ラッパのように気高いヒューマニズムを理想にして対抗文化をつくろうとしたわけだ。カウンター・カルチャーと呼ばれる思想なのである。競争意識ではなくて、レージーなピースでやっていこうとしたのだから、うまくいくのなら誰だって文句はない。ラクだ。怠け者の僕としては、そっちの方がいいなと思うわけだ。で、90年代にそういうものってあるのだろうか、と思っていたところにフリンジ・カルチャーなのである。
アメリカ中で流行りまくっているジ−ンというミニコミ・カルチャ−にはフリンジをあつかったものが多い。フリンジ・カルチャーの代表的ジ−ン、「フリンジウェア」誌(http://www.fringeware.com/)のジョン・レブコウスキ−にE-MAILでインタビューしたところ、フリンジ・カルチャーについてはこんな返事が返ってきた。
「 僕たちはフリンジ・カルチャーにいる人を『 ネオ・フィリアックス』と説明しています。『ネオ』はニュー、『 フィリアック 』 は ラバー という意味で、新しいものとかっこいいなもののエッジにいることが大好きな人をいう言葉です。フリンジはデジタルカルチャーとバーチャル・カルチャーなどのコンピューター・ネットワークのまわりで発達しているカルチヤ−です」
なるほどフリンジ・カルチャーというのは、フラワー・チルドレンのような人たちのことをいうのだった。
「フリンジ・カルチャーについて別の説明をすれば、メインストリームの外側に存在するというところです。 60年代には『カウンター・カルチャー』と呼んで、以後は『オルタナティブ・カルチャー』と呼んだものです。そういったカルチャーのなかの人々は洞察力があって、 一般の人が見ない人間の状況を見ていました。けれども一般の人たちとちがった世界を見ているので、アウトサイドにおかれてしまう。私たちが世界的コンピューター・ネットワークを持つ以前は、フリンジの立場をとる人々は、地理的、国家的なスペースで孤立していました。でも、今彼らはお互いがオンライン上でお互いを見つけ、共同体をつくっています。新しい世界に出発するためのメイフラワー号に乗り込んでいるようです」
おお!これはまさしく90年代のフ−テンやヒッピーの登場ではないか。アバウトな全体像が把握できる。
フリンジのさらに進んだ部分は商業というものを重視している部分で、オルタナティブなカルチャーの中で商業は成り立つのかというを質問してみた。
「僕たちは資本主義です。しかし、経済的搾取が正しいといっているわけじゃない。 僕たちは資本主義のスタイルで仕事をしています。E.F. シュマッシャ−が語る『人々が大切にする経済』は人間の好奇心を拡大していくものです。僕たちは利益目標のためのお決まりの行動 を資本主義社会に強いられています。そこで、僕たちは商業のための発展を考えることにしました。誇大広告ではなくてコミュニティーと融け合った、つながりによって営まれるものとして。僕たちはサイバースペースをストリート・マーケットだと説明しています」
ここで面白いのは資本主義を意識した発言だ。今までお金のことを考えるフ−テンとかアングラとかヒッピーとかパンクスなんていただろうか。これは、人間に毛が三本生えてきてしまっている。進化を見ているようだ。僕も実をいうとビンボーがゆえに、お金のことばかりを考えているという若者特有の貧困な人生をおくっているわけなので、この発想は、けっこう面白い。バンドやっても楽器代のローンもあるし、社会主義を考えたって、資本主義のこの世の中ではお金が必要だ。それなのにお金のことを考えるユース・カルチャーなんてなかったわけだから、お金についてのクロ−だけは絶えなかったわけだ。
ところが現在のフリンジ・カルチャーはそこが違う。インターネットやDTPを使ったローコストのジ−ンで商業もどうにかしていくという流れが出てきている。ええ、それでいいんですかって。いいでしょう。フリンジ・カルチャーは紙媒体のジ−ンの出版と販売、ジ−ンやネット上からの通販、お店を開くことや、インターネット上でのウェッブ・ジ−ンなど、イロイロ・ミックスによって活動を広げているので、これでよーやくヒンコンからの脱出ができるかもしれない。
もう少しレブコウスキ−氏の考え方を聞いてみると
「 僕はコミュニケーターです。非常に多くの人々がオンライン上でいろいろな人々を見つけていると思います。新しい関係を構築しています。人間は潜在的なところで大きく解放されていて、光ファイバー・ケーブル上で魂を動かしています。僕たちは可能性を持っています。世界を知るための意識の進化の方法に。無思慮な娯楽の過剰供給に埋葬されずに、あなたがより良い何かを追求することを期待しています」
最後に日本では手に入らないジ−ンについての説明をしておこう。ジ−ンはマガジンのジンをとってつけられた名前で、何百誌という規模で出版されている。内容は千差万別でアングラ音楽からセックス、死体愛好趣味からメジャーでアカデミックな学生ものまでいろいろある。インターネットのサイトにもジ−ンのインターネット・バージョン、ウェッブ・ジ−ンと呼ばれるものがたくさんある。ウェッブ・ジ−ンはE-ZINEと呼ばれるものと一緒で普通のホームペ−ジが雑誌としてできているものだと考えるとわかりやすい。見るとけっこう面白くて普通のサーバーのホームペ−ジよりずっと面白い。これからの流行はウェッブ・ジ−ンだなあと思ってしまう。ウェッブ・ジ−ンによってはソニック・ユースの写真、キャシー・アッカ−のインタビュー、フィッシュボーンのメンバーの詩の朗読などがある。ウェッブ・ジ−ンを探すのなら、John Labovitz's e-zine-list(http://www.meer.net/~johnl/e-zine-list/)をのぞいてみよう。