
とりあえずそういうトリップするリソースの宝庫を紹介していこう。
俺は20数年にわたって自分のことをアングラだと思ってきた。
今インターネットで流行のアンダーグラウンドという言葉を60年代の若者文化はアングラと呼んだのだ。
アングラの発祥は明るいものだった。
メジャーのきれいに耕されたスペースにロック、芝居などの新しいまったく考え方の違う星が現れたのだ。
衝撃だった。
サラリーマンが将来という俺に、それは大きな夢となった。
それ以来俺はアングラでいる。
そんな俺のお気に入りはLinks from the Undergroundだ。
ネタがなくなるとここからいろいろと探して面白いもの、おかしなものを発見する。
当人にも会った。
つくっているジャスティン・ホールは20代前半のロング・ヘアーのノリの軽い野郎で、ドラッグをやめて太極挙をやっている、という身の軽さ目立つ男だった。
自分のウェッブのためにたえずタテ長の小さなノートを持って歩き、アンダーグラウンドのことをアングラと60年代の日本では呼んだと教えると、さっとノートを取り出して書き始めるノリのいいやつだ。
インターネットとアンダーグラウンドつーのがなんで結びついたかは、おそらくこのジャスティ・ホールからの影響だろう。
ホット・ワイア−ドのたち上げから関わって、以来ネット・シーンをリードしたきたのはこの男だ。
もう一つアンダーグラウンド・ネタでとっても役に立つのがインターネット・アンダーグラウンドつー雑誌のオン・ライン版アンダーグラウンド・オン・ラインだ。
最初はインターネット・アンダーグラウンドなんて書いてある雑誌をシスコのバ−ジン・メガ・ストアーで見つけて、おっ、これは面白そうだと思った。
スッゲ−、ゴリゴリのコアのつくだ煮のようなものなのだろうと思って買ってみたのだが、中身は意外に軟弱でけっこうコマーシャルなので驚いた。
商売うまいのも悪くはない。
ネオ・コミュニケーションというシスコのジャパン・タウンのウェッブなんかをつくってる連中から伝言で俺のことをいっておいたから、とのちにいわれることになった。
ジャスティン・ホールと会ったのも偶然だったが、インターネット・アンダーグラウンドとつながりができたのも偶然だ。
アングラも始めて20年以上たつと、いろんな偶然にでくわす。
で、年間定期購読しているのだが、申し込んで1号届いたきりで、次が来ない。
どうしたことか。
オンライン版のアンダーグラウンド・オン・ラインは毎号雑誌で紹介されたウェッブが
コメント入りで並んでいるのでYahoo!などの検索ウェッブより、内容がわかって面白いものを見つけやすい。
アンダーグラウンドという名前がつくと、日本ではゴリゴリのコアな感覚がするが、商業誌なのでけっこうなんでも入っている。
でもコアなネタも入ってる。
雑誌でもう一つ役に立つのはザ・ネットという雑誌でこっちは毎号CD-ROM付きなので、そのままアクセスできて、いろいろと便利なのだが、オンライン・バージョンThe Net magazineもやっぱりあって、アンダーグラウンド・オンラインと同様すごく役に立つ。
雑誌の方も持っているのでちょっとめくると、トム・ウェイツのウェッブの紹介、日本の浄土真宗のウェッブ、なんかが紹介されてる。
ウェッブの方はコメントが目安だ。
検索ウェッブもいいのだが、一つ検索すると数千というウェッブが並ぶこともあって、とっても見切れない。
そういう意味ではこの二つの雑誌の紹介するウェッブはオススメで内容がわかるのと、ジャンルがしっかりと区分されていてとっても便利だ。
こういう商売でやっている雑誌のリソースもいいのだが、商売ぬきでもいろいろなウェッブの紹介を入れながら、E-ZINEを紹介しているのがJohn Labovitz's E-ZINE-LISTだ。
これだけのウェッブをよく集めたものだとJohn Labovitz's氏の努力に思わずカンド−してしまう。
世界的にいろいろなウェッブが紹介されているので見ていくとちょっと大変だが、自分のセンスにあうネーミングを探すと、意外にぴったりくるので面白い。
名前のつけかたというのは意外に洋の東西を問わないものだと驚いた。
サイバー・スペースが一種のマインドの領域という考え方があるが、少しはそうなのかもしれない。
さて、以上はトリップ術のうちのリソース・ガイドだが、西海岸主流のコンピューター、インターネットの世界の中で、ちょっとがんばっているのがロンドンとNYだ。
NYのシーンをちょっと紹介しておこう。
コンピューターの世界では影のうすいNYだが、文化的にはやっぱり最先端。NYで認められれば歴史に残る。
昔NYに行ったことがあって、グリニッジ・ビレッジあたりのいい感覚を満喫した時期がある。
CBGBあたりがもう退廃して、リッツやダンステリアあたりがスタートした頃だ。
ヴェルベット・アンダーグラウンドと一緒にやっていたニコを見た覚えがある。
クラブも日本のように狭いスペースつーわけじゃないので休める場所がけっこう大きくあって、NYのヒップなかわいい子が集まってしゃべっていて、すっごい好奇心にかられたものだった。みんななにを考えて、なにを話しているのだろうと思った。
そんなNYのヒップなシーン、ヒップな連中に会いたければTOTAL NEW YORKとSOHO.netだ。
TOTAL NEW YORKの方はNYの全体像が見えてくる。
コントリビューターのところはジョン・バーローを始めとして、いろんな大御所連中の名前があって、NYらしいコネクションを形成している。
SOHO.netの方はソーホーに住んでいる連中がつくっているローカルな感じがあって楽しい。
人種もヒップな感じでNYというと文化的な先端みたいな感覚がある。
面白いのは男の子が女の子をさがしたり、男の子が男の子を探しているという個人広告みたいなページで、アメリカでは新聞なんかで一般的なものだけど、日本と同じで、女の子が男の子を探しているのところは人数が少ない。
新聞なんかではけっこうあるんだけれど、ネットになると少なくなるのはなぜなのだろう。
女性人口が新聞よりも少ないというくやしさを思い知らされるようなものだ。
ああ、くやしい。
さて、最後に紹介したいのはデジタル・カルチャーの本拠地シスコのあたりの話だ。
日本ではあまり知られていないサバイバル・リサーチ・ラボラトリーという近未来大芸術のようなアート・パフォーマンスとゆーのかショーをやっている連中がいる。
アドレスはSurvival Research Laboratories。
これは95年の新年のワイア−ドのパーティーで僕も少し見たのだけど、巨大なクレーンを加工してロボットのようにして、戦わせるというショーをやっていて、観客はそのばかでかい装置を動かして、時には先端に取りつけた銃を撃ちまくったりするという巨大な戦争ゲームだった。
ウェッブをのぞいていくと、パフォーマンスの写真があるので、ぜひ見てほしい。
新しいマシーンの紹介もあって、ジェット機の車輪を2個とりつけたものの紹介がされている。
巨大なジャンクものを集めてマシーンをつくっていると考えて欲しい。
ボスのマーク・ポーリンはホット・ワイア−ドなどでもよく知られていて、僕も彼のネーム・カードを持っている。
ホット・ワイア−ドのインタビューなどを読んでいると商業化するつもりはないようだが、商業化すれば遊園地の大きな呼び物になることは間違いない。
こういう物を商業化することを目的にせずにアンダーグラウンドでつくり続けているところがアメリカのデジタル・カルチャー・シーンの大きさといえるだろう。
こういうものは西海岸に行くといくらでも転がっていて、巨大スキャナーも開発されていて、人間がスキャナーの中に入っていくという物もある。人間自体がまるごとスキャンされてしまうのだ。
最後に紹介したいのがこういったデジタル・カルチャーとアンダーグラウンドというイメージをつくりあげた男、R.U.シリウスだ。
僕が家に遊びに行ったときは部屋の中はどの部屋もメチャクチャで、ベッドの上には脱いだ靴下がいくつも転がっていて、ベッドの下は靴がゴロゴロ、タンスは引き出しが全段開けっ放し、台所は洗っていない食器の山積み、ただ一つまともだっのは、レコード棚だけだった。
僕の部屋もけっこうすごいが、シリウスも負けてはいなかった。
昔アングラの世界では、若者の街として有名だった吉祥寺で自分の部屋は汚ければ汚いほどエライという気質が発生したが、元祖はここにいたのかとずいぶん感動した。
シリウスも60年代イッピーだった男で、アングラ道をつっぱしってきた男だ。
そんなやつがモンド2000をつくって、国際的な流行を呼んだのだからスゴイ! 60年代はなかなかくたばらないものだ。
そんなシリウスが95年春から始めたのがミュ−テイト・プロジェクト、Mutate Scapeだ。
突然変異して、世界を乗っ取ろうというコンセプトで通信品位法なんかについてはネットをベトナムのジャングルにしてゲリラをやろうといったりしている。
エレクトリック・ゲリラと呼んでいる。
書き込みができるフォーラムがあるので、テキト−に書き込んでいって欲しい。数は少ないが日本人でも書き込みをしている連中はいる。
さて、ざっとリソースを紹介して東海岸と西海岸の先端的ウェッブにふれたわけだが、どれもアングラ世界に道を開いたものばかりのはずだ。
メジャーなものより、中身が濃いのがアングラ道。テキトーに楽しんでくれ!