そればかりではなく電子ネットという強力なコミュニケーションを創出し、アジア、アフリカからヨーロッパ、アメリカまでを一つにつなぐ大いなるサイバ−・コミュニティを創造した。
科学技術上の一粒の発明の種子が人間同志をつなぐ大きな社会的空間さえも創ってしまったことは驚くしかない出来事だ。手紙などの郵便の発達から電報、電話へと続くパーソナル・コミュニケーションの世界、印刷技術の発達から新聞、ラジオ、テレビとつづくマス・コミュニケーションの世界。さらなる発達と進化をつかさどる、電子メール、ネットフォン、テレビ電話、テレビ会議、WWW、ニュースグループなどなど。パーソナル、マス、両方のコミュニケーションの進化の先端を私たちは経験していくことになる。未開拓でなんの経験もない未知への領域へ歩みをすすめることになるのだ。
10年後、私たちはごく日常的なこととしてアフリカやアジアの島々の、パーソナル・コンピューターを使って知り合った友人たちと画面を通してお互いの顔を確認しながらコミュニケートする。データ検索を通して世界中のあらゆるところから必要な情報を引き出し、読み、見、聞くことになるだろう。たとえそれがマイノリティの経験したほんのささいな出来事でも現地の新聞社、放送局から、WWWやニュースグル−プを通じてアクティビストや学者たちからそのニュースを詳細に渡って知ることができるだろう。
この人類史のもたらした大いなる果実を享受するのは、果たしてノベルティやビジネスマンたちだけなのだろうか。
この大いなる足跡をつくったのは、ノベルティやビジネスマンの語ることのないヒッピーたちの存在だ。宇宙計画や軍事利用を目的に開発されたコンピューターを、人々のために、パーソナルなものに、そういう理念と理想を抱いたヒッピーやフラワーチルドレンこそが、この大きな流れをつくるきっかけとなったことは歴史に残る事実なのだ。
この本を編むにあたってもっとも主張しなくてはならなかったことは、このパーソナル・コンピューターをめぐる90年代の革命はフラワーカルチャーのマイコン・ブームをきっかけとしたパーソナル・コンピューターが60、70年代にカウンター・カルチャーと呼ばれた対抗文化から生まれたものであったことだ。60年代ベトナム戦争という戦場に行くしかないという生命を賭けた状況を負った世代のつくりあげた正義と良心の炎として対抗文化は誕生し、80、90年代はオルタナティブ・カルチャ−としてなおも勢いを拡大していくばかりだ。コンサートに50万人が集まることはすでに珍しい話ではない。そういう時代が来ている。
これだけパーソナル・コンピューターをめぐるカルチャーが注目を集めたのはマルチメディアという言葉からだった。
第一章「対抗文化としてのマルチメディア」はマルチメディアの語源だった60年代のサンフランシスコのサイケデリック・イベントまでさかのぼった本当のマルチメディアの歴史と、豊富なインタビューによってマルチメディアの真実の姿を浮き彫りにしていく。トニー・ボベイの証言など日本では語られることのない本当の姿が明らかになるだろう。
第二章「マトリックスとミームのミラーリング」は90年代の革命としてアメリカで起こるこの文化大革命、ム−ブメントの火を90年のロスアンジェルスのコンファレンス「サイバ−ア−ツ・インターナショナル」からときあかしたものだ。「デジタル・アート・ビーイン」「フィド・ネット」などこのム−ブメントの実際の生きた姿を知ることができる。
第三章「チープなミ−ム--ジ−ン、メタジ−ンとヴァ−チャル・プレス」はマガジンのジンをとったジ−ン「bOING bOING」誌や「WIRED」誌に編集、寄稿を続けるマーク・フロウエンフェルダ−の語るジ−ンとミ−ム論。全米で流行するミニコミ・カルチャー、ジ−ンの内容をジ−ンの制作者でもあるフロウエンフェルダ−自身が語っている。
第四章「インフォリアル」はゲリラ資本主義を訴え、自分をコミュニケーターだと語るフリンジウェアのジョン・レブコウスキ−が第三の対抗文化、フリンジ・カルチャーと情報宇宙の未来について語る。
第五章「スピリチュアル・エフェクト」は谷崎テトラの語る自分自身のインフォメーション・スペース。ニック・フィリップ、ティモシー・リアリーなどとの交流からくるLSD、オカルティズム、レイブ、アンビエント、ヒッピーなどについてのテクスチャ−が紹介される。
第六章「外出先はインターネット」は横浜で中古レコード店「極楽レコード」を営む親父のインターネット散歩ガイド。ディレクトリ、ドラッグ、音楽ジャンルを中心に対抗文化のサイトを紹介する。いつも散歩している思い入れの強いサイトばかりの紹介なので、とおりいっぺんではすまない、裏側に二重、三重の思想を秘めた生のインターネットの世界だ。
第七章「カルチャSHO」はCD-ROMの出版をプログラマーと二人で始めたフジヤマ計画の話だ。インディペンデントなスタイルで始まったCD-ROMの出版の苦闘を元祖ヘタウマ系物書きの筆者がコミカルに語る。はなやかなメディア・シーンの中でインディ−な意地を貫く男の肉と骨と血が刻まれた原稿だ。80年代以来日本のインディペンデントなシーンをつくりあげてきたヘタウマ系元祖の話に嘘はない。読めば読むほどその思想的な営為が伝わってくるに違いない。
第八章「DTPの究極を証す」は新聞を見れば求人欄はマックのDTP関係のものばかりというDTPの世界にこれだけの嘘八百があると感じた男の告発だ。嘘で塗り固められたDTP世界の真実について考える。
第九章「カオスの縁」はヴァ−チャル・リアリティ、仮想現実と呼ばれる世界を古代の祭祀から逆に考察したものだ。古神道,サイバ−・ドラッグ、ハウス・ミュージック、人工言語などクリエイタ−、思想家たちには大きくインスパイアされる部分が内包されているはずだ。日本の古代の祭祀、祭礼などそのままデスクトップ上に持ってこれるものは多い。ここにはものをつくっていく上で大きなヒントが隠されている。
第十章「サイバ−・スペースの階級闘争」電子ネットの中で注目を集めるアナーキズム、市民運動などさまざまな運動の中で、あえてポストモダンのインディペンデントな左翼という立場を選択し、サイバ−・スペースの中での階級闘争を最後の戦闘場として考察する。日常的な意識にショックを与える、日本のコンピューター・シーンのどこにもなかった視点を紹介したい。
後書き「END OF CYBERREVOLUTION」はこの本をつくるにいった背景となるコンセプトとマーク・フロウエンフェルダ−、ジョン・レブコウスキ−のE-MAILでのインタビューを収録。フリンジ・カルチャー、オン・ライン・コミュニティーなど可能性を秘めたインディペンデントなサイドのつくるこのカルチャー・レボリューションの裸の姿を提出する。
この本は日本のまた世界中で席巻するム−ブメントを紹介するものとしては非常に小さなものだ。今後さらにこのカルチャ−は私たちの間で身近なものになり、膨張したものになってくるだろう。この本をさらに拡張した未来をこの本の読者に期待する。未知の領域を進む開拓者として未来の夢の種子を希望する。