死んだJerryGarciaに捧げて!


 

 さて、ついに書いてしまうことになったこのネタを。これだけは秘密にしておきたかった。「サイベリア」という本を本屋で見かけて買ってきたのだが、驚いたことにデッド・ヘッドという見慣れた文字がガンガンならんでいるではないか。つぶれた雑誌「CAPE X」3号にもその名前がギンギン書いてあった。ワォ!これはすごい。70年代は日本でも全盛だったグレイトフル・デッドだが、80年代には音沙汰もなかった。90年代のようやくこの時期になってパソコン関係に現出してきている。ついに日本の現界に表出しているではないか。

 83年の夏。ぼくの初めての渡米の前に友人とかわした言葉がよみがえってくる。「グレイトフル・デッドって見てみたいけど、もうないよね」、中古レコード屋の親父となった友人に話をしていた幼き日のぼく。ところが驚いたことに目的のサンフランシスコに着いてみると、まわり中の知り合いになった連中がデッドを見てみろといってくる。なんだ、まだ、あったのか、そう思ったぼくはとりあえず「いちご白書」という映画で知られたバークレーというシスコの近くの学生街のキーストン・バークレーというクラブへジェリー・ガルシア・バンドを見に行ったのであった。ジェリー・ガルシアというのは「ウッドストック」という映画の最初の方のシーンで「まりふぁな!」といいながらチョビッと登場してくるグレイトフル・デッドのギターとボーカルを担当するメンバーの一人だ。

 キーストーン・バークレーの前ではステージ前5、6時間前からみんなですわっている。で、あろうことか、その、日本ではご禁制の品物であるまりふぁなを吸い込んでいるではないか。ぼくも思わず手持ちのものを、えっ。ではなく、少し吸い込むまねをしてみたのだが、な、な、なんと警官が来てもOKだと、かくさなくていいからと隣の人が申すではないか。ビールの缶は逆にストリートでは飲んではいけないんだと腰の後ろにかくしている。で、日本人の僕はよくわからず多少不安を抱きつつ知らない顔をしていると、警官がニコニコとマリファナ・スモーカーたちと話を始めるではないか。そうか、日本ではすごくいけないものとしてあった、あのまりふぁなが合法のものとしてあったのであった。そして、アルコールは部屋でしか飲んではいけないという、地球の裏側のカルチャー・ショック。ゆめゆめ日本の法律がすべてだとはいえない世界もあったのだ。まりふぁな合法だって、そんな馬鹿なという人たちは現在のヨーロッパの法律を調べてみよう。The Amsterdam High Market (http://clix.net/)。

 平和である。真に平和である。

 さて、これだけパソコン・カルチャー・シーンの中で登場するグレイトフル・デッドというグループをどう紹介すればいいのだろか。見たことあるとか、よく聞いてるとか、元祖ヒッピーで本舗サイケデリックとでもいえばいいのだろうか。60年代はシスコサウンドのサイケ・グループとして知られ、70年代には日本にも上陸して、デッド・ヘッドよ!手を結べ!の合い言葉で知られた、一番人気のバンドだった。デッド・ヘッドとはグレイトフル・デッドのファンのこと。日本中でデッドが一番かっこよくて、正しくて、大量のヒッピーが街を闊歩した、そんな時代であった。80年代はレーガン、ブッシュと共和党のアンチ・ドラッグキャンペーンのさなか、グレイトフル・デッドは日本ではほとんど知られることなく、コツコツとツアーをやってはチケットはソ−ルド・アウトという、足で稼いだツアーバンドだった。80年代後半には全米興行収入NO.1のバンドとして長く人気を博したものです。ガンズ&ロ−ゼズをぬく成績を残したのだからスゴイ!

 90年代はウッドストック94のためのマーケティング・リサーチでは一番見たいバンドNO.1はグレイトフル・デッドという記録を残している。

 だが、日本ではいつまでたっても人気はでない。知人に、もし来日したら、ド−ム5日ぐらいですかね、と聞くと、いやあ、武道館も無理でしょう、とあっさりした返事が返ってきた。そんな日々をくらしていたこの時代、90年代半ばににジェリー・ガルシアの死。もう去年の8月の話だけれど。

 言ってしまおうぼくは実はジェリーの死後、残されたデッド・ヘッドとして精一杯やっていこうと思ったんだ。それが生命のある人間に残された宿題でしょ。YO! MEN! GATEFULDEAD WAS REALLY NICE GROUP MEN! FUCK YOU! JERRY!

 

 

LINKS!

 

TheGratefulDead(http://www.cs.cmu.edu/~mleone/dead.html)

地味なつくりだが、もっとも充実したグレイトフル・デッドのホーム・ページだ。画像も音もリンクもここで集めることができる。

 

 

The Grateful Deadのいつもの骸骨マーク。メキシコでは死者を呼ぶお祭りの中でこの骸骨がよく人形となっていたりするが、死の国から来た骸骨なのだ。死者たちはこの生の世界、たとえば人間の社会をはなれたところから見る能力があるとされている。社会的、肉体的な拘束、制約、現実に対応するための意識など、すべてを取り去って、ただの骨となって生者の国にお祭りの時だけやってくる。僕がグレイトフル・デッドの骸骨を思うといつも、思い出すのが骸骨が丘の上にすわって地上を見ているイラストで、ビートルズのフール・オン・ザ・ヒルみたいにバカが丘の上にいる風景だ。サイケデリックってそういうもんだと意識が強いのだが、どう思います?


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